まくろぐ
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舞台は 1850 年代初頭のロンドンで、ありえたかもしれない世界を描いたスチームパンク小説です。 スチームパンクとはなんぞやというと、19 世紀の産業革命期の技術をベースにした架空の世界観を持つジャンルのことらしいです。 特に蒸気機関が高度に発達した if もしもな世界を描いたもので、スチームで蒸気な気分でウェーイ って感じですね(パンクというのは既存秩序への反抗的な意味らしい)。 まぁ SF の中のサブジャンルと考えておけばよさそうです。知らんけど。

1990年の刊行当初は「これぞスチームパンク!」と話題になったようですが、確かに情報が詰め込まれていて圧倒されますね。 歴史改変 SF なので、ヴィクトリア朝や産業革命の背景知識があるとより楽しめる作品だと思います。 一方で、多くの書評で指摘されているように、背景知識がないと理解が追いつきにくい部分もあります。 少なくとも『夏への扉』や『トリフィド』、『ハルヒ』ほどライトな SF ではなく、読み応えがあります。 私は歴史に疎いので純粋なフィクションとして楽しみましたが、これをきっかけに実際の歴史を学ぶのも一興ですね(ホントカ)。

まず、書籍のタイトルにもなっている 「ディファレンス・エンジン(階差機関)」 とは、実在したチャールズ・バベッジ (1791-1871) が設計した機械式計算機のことです。 歯車がたくさん組み合わさって動く巨大な計算機で、当時は完成しなかったのですが、1991 年にイギリスの科学博物館がバベッジの設計図をもとに実際に組み立てて動作させることに成功しています。 チャールズ・バベッジはより汎用的な 「解析機関」 も設計しており、こちらはプログラムを 「パンチカード」 の形で入力する仕組みを備えていました。 もちろん、この解析機関も当時は完成しなかったのですが、物語の中では高度な解析機関が完成しています。 というか、このエンジンが社会を支配しています。

作中の世界ではほぼすべてが蒸気機関で動いているため、ロンドンの街中には煙が立ち込め、「大悪臭」 が漂っています(大悪臭は現実に 1858 年にロンドンで起こった事件です)。 また、中央統計局が全市民データを管理しており、徹底した 「監視社会」 が敷かれています。 こういったディストピア的な要素は現在の SF でもよく見られますが、19 世紀の産業革命期を舞台にしているのがユニークです。 史実と同様に、労働者階級の反乱である 「ラッダイト運動」(機械に仕事を奪われるものかという機械破壊活動)が起こり、政府により徹底弾圧されています。 物語の中心となる構図は、バイロン首相率いる機械化急進派 vs ラッダイト残党(キャプテン・スウィング)です。

ここまで理解していれば、すっと読み進められると思います。 まったく背景を知らないとちょっと辛い。

ちなみに、現実世界ではエイダ・ラブレス (1815-1852) が解析機関用のプログラムを考案しており、世界初のプログラマーとされています。 作中ではバイロン首相の娘という設定なので、エイダ・バイロンという名前になっていますが、天才プログラマーであることに変わりはありません。 昔 Ada というプログラミング言語がありましたが、これは彼女の名前に由来しています。 解析機関で使うパンチカードはストーリー上の重要な要素になっています。

本書には、チャールズ・バベッジやバイロン、エイダをはじめとする実在の歴史上の人物が登場しますが、それぞれの役割は現実と微妙に異なっています。 このズレがとても面白いんでしょうね。 私にはあまり分からずでしたが(^^;

登場人物現実世界ではディファレンス・エンジンでは
チャールズ・バベッジディファレンス・エンジンを構想した数学者・発明家。計算機の理論を確立したが生前には完成しなかった。ディファレンス・エンジンが実用化しており、社会を変革した歴史的巨人として扱われている。エンジンの父。機械計算と統計が国家運営の基盤となっている。
ロード・バイロン(ジョージ・ゴードン・バイロン卿)浪漫派を代表する詩人・貴族。ギリシア独立戦争を支援し現地で病没したことで知られる。ギリシアで死なずに生き延び、イギリスの急進的政治家となり「ラッダイト」を取り込んだ産業革命派の指導者として台頭。首相にまで上り詰めた。
エイダ・バイロン(実:エイダ・ラブレス)バベッジの解析機関についての注釈を残し、「世界初のプログラマー」とも評される数学者・貴族女性。チャールズ・バベッジの親友・愛弟子で、「エンジンの女王」と称される天才科学者。バイロン首相の娘。
ベンジャミン・ディズレーリ保守党の政治家・首相であり、小説『シビル』などの著者としても知られるヴィクトリア朝の政治家兼小説家。首相にはならず、大衆向けタブロイド紙のゴシップ系ライターとして描かれ、政治の中心から外れた存在。彼の小説『シビル、または二つの国民』から複数の登場人物が借用されている。
サム・ヒューストンメキシコからテキサスを独立させた将軍・初代大統領。テキサス共和国大統領や米国上院議員を務めた軍人・政治家で、テキサス史の中心人物の一人。テキサス(Texian)独立勢力の亡命指導者としてロンドンに潜伏。英国貴族向けの演説を行い支援を集め、テキサスに帰還して軍隊を再編しメキシコ支配からの完全独立を目指している。
ローレンス・オリファント外交官・作家であり、各国で活動したスパイ的役割も持つ人物。旅行記作者として知られる存在であり、政府工作員として暗躍。物語後半はオリファントの行動がフォーカスされます。
森有礼翻訳通詞・外交官、文部少輔として東京英語学校(後の東京大学一部)を設立。英語教育と欧化政策を推進したが、自由民権運動弾圧で暗殺。若き日本人留学生として英国に渡ったオリファントの愛弟子。蒸気コンピュータや英国文明に魅了され、「オリファント=サン」と呼び慕う技術崇拝者。

実は、下巻の巻末には 36 ページにも渡る 差分事典(ディファレンス・ディクショナリ) なるものがついており、歴史上の人物の説明や、用語が解説されています。 最初に言ってよ。 もう一回読むか……

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